臼井甕男先生については多くの創作された話があります。真実については東京にある西芳寺に建立された‘臼井先生功徳之碑‘の碑文の内容が最も正確です。現代語訳した碑文の抜粋をご紹介します。

1865年(慶応元年)岐阜県山県郡谷合村(現、山県市)に誕生し、幼い頃から秀でた子でした。成人後は欧米や中国に遊学し、多才で歴史、医学、宗教経典、心理学、神仙の術、易学、人相学などを学びました。経済的には不遇で、何度も苦境に陥っても少しも屈せず鍛錬に励みました。

真の悟りを求めて、大正113月、京都郊外の鞍馬山に登り、断食瞑想の修行に入りました。21日目の深夜に強烈な宇宙霊気が脳天を貫き、気を失いました。その早朝、意識が戻った時には何とも言えぬ清々しい気分でした。自身が‘宇宙即我‘、‘即我宇宙‘の悟りを得ました。同時に霊気による治療能力を体得し、‘霊気療法‘と名付けました。

天啓によって得られた能力を授けられた使命を悟り、これを自分や家族で独占せず、多くの人と享受すべきと考えて、大正114月に東京青山に移転し‘臼井霊気療法学会‘を創設して、治療を行なうと共に、その教義を公開伝授しました。名声は高く全国各地へ招聘され、大正15(1926)3月福山にて逝去されました。62歳でした。